監修:contrail
※こちらはディオゲネスクラブで上演された作品のSS版です。
1
暗闇の中。
ここが何処かもわからなくなるほどの空間の中に、典雅なワンピースを身に纏い、ガーデンハットを被った、怪しい雰囲気の女性が一人、佇んでいる。
その女性の元に、一人の人物が恭しく奥から現れる。
白装束に黒い仮面を被ったその人物は、女性の言葉を待っている。
「・・・あなたの任務は、私たちの計画に必要なモノを確保する事よ。・・・分かっているわね」
その声音は上品で優しい音色だが、やはりどこか怪しさを含んでいた。
黒い仮面の人物は、身動ぎもせず、女性の言葉を受け止めている。
「その為のステージはこちらで用意したわ。この国の未来の為に励んで頂戴。・・・良い報告が聞けるのを、期待しているわね」
それだけ言うと、女性は霧の様に暗闇の中へと溶けていった。
黒い仮面の人物は、静かに、動き出した・・・。
2
多様化という言葉が取り沙汰される様になって久しく、それは犯罪においても当て嵌められる世の中になった。
そんな多様化した犯罪に対応するため、ロンドン警視庁、通称ニュー・スコットランドヤードは、それぞれの分野に精通したスペシャリストを配置する特殊捜査室を発足。
特殊捜査室は、Specialist Operationsの頭文字を取って、SOと、その後ろに管理番号を与えられ、大体がその番号で呼ばれている。
そして今、また新たな特殊捜査室が発足されようとしていた。
「・・・あれ?ここで合ってんのかな・・・?」
一人の青年が、びっくりするくらい年代物のエレベーターに乗って、ニュー・スコットランドヤードの地下深くまで降りてくる。
かなりの物が散乱していて、今現在も使用されている区域なのかも怪しい場所だ。
そんな薄暗い廊下を進み、これまた古臭い扉の前に立つ。
「・・・失礼しまーす・・・」
ギィ・・・と今にも壊れそうな音を立てて扉を開けると、部屋の中には一人の女性がいた。
「あ、おはようございます!本日付けでこちらに配属に・・・って」
最初こそ元気に、敬意を持って挨拶をし始めた彼女だったが、部屋に入ってきた青年を見るや否や、怪訝そうな顔を浮かべた。
それも仕方がないだろう。
特に制服規定があるわけでもないが、彼の格好が、パーカーに赤ジャージ、ジーンズといった、とても警視庁に相応しいとは言えない格好だったからだ。
尤も、その女性も黒いライダースジャケットにパンツ姿、ブーツと、がっちりと決めていているのだが。
「・・・キミ学生?ダメじゃないこんな所に入って来ちゃ。ここ刑事課。ニュー・スコットランドヤード。わかったら早く出ていきなさい」
その恰好から、彼女は彼を学生と認識したらしい。
「ちょ、ちょいちょい!初対面からいきなり失礼だなアンタ!俺だって歴とした刑事なんだけど?!」
彼女は『刑事』と自称する彼の姿を、改めて上から下まで見る。
「・・・・・・ええ?」
「失礼だなアンタ!!」
頑として信じようとしない彼女に、彼は自身の警察手帳を突き出す。
「ほら!アルフレッド・ヤング巡査部長!歴とした刑事!」
受け取った警察手帳を確認し、彼女はようやく彼、アルフレッドを刑事だと認識したようだ。
「本当・・・ちゃんと刑事だったのね。それは失礼したわ。じゃあ、改めて」
警察手帳をアルフレッドに返しながら、姿勢を正す。
「オフィーリア・ムーア。階級は、警部よ。よろしく」
少し胸を張り、自慢げに聞こえるのは気のせいだろうか?
「は、あん?警部?・・・いや、おかしい・・・一緒に配属されるのは同期だって・・・」
アルフレッドも、辞令自体はつい先ほど聞いたばかりだ。
その時聞いた話では、同期の者が一緒に配属されると聞いていた。
であれば、階級も同じ位の奴とバディを組むのだろうとアルフレッドは勝手に思っていた。
ところが、目の前のオフィーリアは警部だという。
階級だけでいえば上司も上司だ。
「同期よ、ちゃんと。経歴確認したもの」
しかしオフィーリアは事も無げにそう言う。
と、いう事は可能性はひとつだ。
「あー、大学出のエリートさんね」
一般的に警察に入ると一律に巡査からのスタートだが、司令官に成りえる優秀な人物と判断された場合は警部からとなる場合もある。大体、それは大学出身の者の方が多い傾向にある。
学士や修士を持っているというのがその理由だ。
「・・・あ?」
と、そこでアルフレッドは気付く。
オフィーリアは先ほど、なんと言ったか。
そう、経歴を確認した、と言ったのだ。
「え、待ってくれ、ていう事は俺の事知ってた上でさっきの対応・・・?」
「で、私ついさっき新設された部署に配属って言われて来たのだけど、詳細知ってる?」
アルフレッドの言葉を聞いているのか聞いていないのか、オフィーリアはマイペースに話を続ける。
「・・・分かった、アンタ性格悪いな!」
「早く答えて。キミは、巡査部長。私、警部。アンダスタン?」
「ぐっ・・・!!・・・わかった!わかりましたよ!!」
頭には来るが、警察は階級社会だ。
それを言われればアルフレッドは従わざるを得ない。
「これだからエリートは・・・」
ぶつくさ文句を言いながらも、アルフレッドは自身に送付された人事異動通知書を読み上げる。
通知書に目を通すのはアルフレッドも初めてだ。
「えっと・・・本日付で、オフィーリア・ムーア警部、アルフレッド・ヤング巡査部長の両名を新設部署SO99に異動を命じる。以下当該部署をコードネーム『ツーナイン』として扱う。尚、当該部署は極秘任務に対応する為、捜査内容は他言無用とする。以上。・・・ですって」
読んでいてアルフレッドは違和感を覚えていた。
エリートのオフィーリアはともかく、なぜ自分がそんな大それた部署に異動になったのだろうか?
アルフレッドは眉を顰める。
通知内容を聞いていたオフィーリアは、わなわなと肩を震わせていた。
そりゃこの通知内容じゃ不満もあるだろうと少し同調しかけたアルフレッドだったが・・・。
「・・・来た」
「え?」
「来た来た来た!極秘任務!!・・・ってことは、ドンパチ確定ね!これって栄転よ!気合い入れていかなくちゃ!」
と、オフィーリアは別の意味で興奮しているようだった。
肩を震わせていたのは武者震いという奴だろう。
何を隠そう、オフィーリアは刑事ドラマ好きなのだ。
憧れのドラマと同じような展開に、心躍らないはずが無い。
「ああ!早く来ないかしら任務!」
それはまるで恋する乙女の様な表情で・・・だがしかし言っている内容は物騒な事この上ない。
「・・・あ、もう貰ってる。これ・・・」
「それを早く言いなさいよ!!」
オフィーリアは、若干引き気味のアルフレッドから差し出された封筒を奪い取ると、プレゼントを貰った子供の様に封筒を開ける。
「えーと・・・『ツーナインには同封した遺言書の解読を命じる』・・・は?」
笑顔だったオフィーリアの顔がひきつる。
彼女が想像(妄想)していた内容と、実際の任務内容が違い過ぎて思わず固まってしまう。
そんなオフィーリアの手からゆっくりと命令書を抜き取り、続きを読むアルフレッド。
「ええと・・・『尚、当案件は長官の得意先からの案件である。両名とも失礼のないように事に当たるべし』・・・」
それを聞いたオフィーリアは、先ほどとは違う意味で肩をわなわなと震わせる。
「それってつまり・・・」
逆にアルフレッドの方は少しばかり安堵の表情を浮かべているようでもあった。
「長官の縁故案件って事か・・・。なーるほどね!この部署ってこういう案件を担当する部署って事か。だから極秘任務、他言無用って訳だ。納得!」
ひとり勝手に納得しているアルフレッド。
彼は彼で、本当にオフィーリアの言う『ドンパチ』案件であったらどうしようと思っていた。
なるべくなら穏便に平和に生きたいと願う彼にとっては、逆にほっとする内容なのだった。
「納得じゃないわよ!!こんな事に国家権力使っていいわけ?!私たちは雑用係でも何でもないっての!!」
オフィーリアは当然のごとく激昂していた。
命令書を破り捨てそうな勢いである。
「・・・栄転?」
「はっ倒すわよ・・・!?」
アルフレッドの軽口にも鬼の形相で切り返すオフィーリア。
そんな彼女、に軽く両手を上げて落ち着くように促すアルフレッド。
「凶悪犯罪を取り締まってドンパチしてこその刑事でしょう?なんでこんな探偵まがいの事を・・・」
それはそれで刑事ドラマの見過ぎとしか言えないのだが、オフィーリアにはオフィーリアなりの刑事のプライドというものがあるのだろう。
「・・・まぁ、俺は別にいいけどね。むしろありがたいよ。今の世の中の凶悪犯罪とか担当しててもしんどくなるの目に見えてるし。これくらいの方が」
再三オフィーリアの口から出る『ドンパチ』という単語に引きつつも、アルフレッドは素直な自分の考えを口にする。
「・・・アンタ、刑事としてのプライドとかないわけ?」
「俺は別に」
肩をすくませ、鼻で笑って受け流すアルフレッド。
「ま、とにかくこれからよろしく。オフィ」
「お、おふぃ・・・?」
オフィーリアも呼び方などはどうでも良いと思ってはいるが、この男の軽口には少し眉を顰める。
「早速だけど、仕事しますかぁ」
と言うアルフレッドの口調は緩やかだが、仕事には前向きな様子だ。
「・・・はぁ」
オフィーリアは観念したように溜息を一つ漏らした。
グダグダ言ったところで任務内容は変わらないし、何よりも上からの指示だ。
従わざるを得ない。
「足引っ張ったら承知しないわよ・・・」
オフィーリアは、しかし完全に腑に落ちるわけでもなく、恨めしそうにアルフレッドを睨みながらも圧をかける。
八つ当たりなのは分かっているが、それを止めることは彼女には難しかった。
「・・・ま、なるようになれだ」
それを知ってか知らずか、アルフレッドは軽く受け流した。
3
ツーナインに与えられたオフィスはかなり古い。
何の資料かもわからない書類が山積され、いつからあるかも、何の為にあるのかすら理解できないような物も大量にある。
オフィスというより、倉庫だ。
だが今更そんな事に文句を言っていても仕方がないので、オフィーリアはこの倉庫の片づけから始めることにした。
その間、アルフレッドは依頼人に話を聞きに行く手筈となっている。
ひとまずオフィスと呼べるくらいには片付けが一段落した頃、アルフレッドが帰ってきた。
「依頼人から話聞いてきた・・・ってうわ。めっちゃ綺麗になってる・・・!」
初めてこの部屋に来た時とは比べ物にならない程整理整頓がされていて、二人分のデスクと、どこから持ってきたのかホワイトボードまで置いてある。
この部屋まで来る道程にさえ目を瞑れば立派に捜査室と呼べる部屋となっていた。
「じゃあ、早速まとめましょうか」
一仕事を終えたオフィーリアは、意気揚々と言った。
「っていうか一緒に聞き込み行けばよかったのに。そういうの好きそうじゃん」
アルフレッドが言う通り、聞き込みに憧れは当然ある。だが。
「こんな物置みたいな部屋で仕事なんか出来ないでしょ。どうにか形にはしとかないと効率悪いし。それに・・・私は聞き込みには向いてないのよ・・・。第一印象で避けられるから・・・」
少し拗ねたようにオフィーリアは顔を歪ませる。
「ああ、オフィ雰囲気怖いもんな」
それに対しアルフレッドは悪びれもせず肯定する。
「う、煩い!気にしてるんだから・・・!」
自覚はしていたものの、他人にはっきりと言われるとそれはそれでショックだった。
「それより!今回の仕事よ。遺言書の解読なわけだけど・・・、その遺言書が・・・」
「これだね」
アルフレッドは預かった遺言書を取り出た。
「『ここに、私の人生の全てを残す』。そしてこの遺言書と共に遺されたのが・・・そのオルゴール」
「遺言書には他に何も書いておらず、たったその一言だけ・・・」
三つ折りにされた便箋の中央に、短くそう書いてある遺言書。
そして、パッと見は小物入れのようにも見える箱型のオルゴール。
「これ・・・本当に遺言書なのか?これだけじゃ何にも伝わらないじゃん」
「まぁ・・・だからこそ解読依頼が来たんだろうけど・・・」
遺された二つのものから素直に読み取るとすれば、遺言書の『ここ』はオルゴールを指すのだろう。
このオルゴールの中身や、構造が『人生のすべて』。
「・・・ていうか、なんでオルゴールなの?」
「ああ、それはこの遺言書を書いたのがオルゴール職人だからだよ」
アルフレッドは、聞き込み内容をオフィーリアに伝える。
遺言書を書いた人物の名は、オーリー・ブラウン。
享年八十九歳。
アンティークの聖地とも呼ばれる城下町、ルイスに店を構える由緒正しい凄腕オルゴール職人だそうだ。
「・・・っていうか、長官の得意先って言ってたわよね。オルゴール職人となんの関係が・・・?」
「・・・さぁ?」
警察組織の長官とオルゴール職人。
なかなか繋がりが見え辛い立場の二人だろう。
「昔馴染みとか何か?」
「どうなんだろう。その辺の情報は全く下ろしてくれてないから」
オフィーリアは溜息を一つ吐いて頭を抱える。
「完全なる警察組織の私物化ね・・・。でもまぁ、ここでバシッとスマートに解決してみせれば、少しは長官の覚えも良くなったり?」
「・・・どうだろうね」
アルフレッドはオフィーリアのその言葉に異を唱える。
「何よ。得意先って言うくらいなんだから、動向は追ってるんじゃないの?」
「いやだとしてもだよ。長官にとって本当にそんなに重要な案件であれば、わざわざ俺らにやらせないでしょ。それこそ、お抱えの人材なんて掃いて捨てるほどいるだろうし」
それはその通りだとオフィーリアも思う。
「・・・頭の痛い話ね・・・」
そして再び文字通り頭を抱える。
「まぁだとしてもさ。どんな関係であれ困ってるから助けを求めてるんだろうし、ちゃんと解決してあげようよ」
「・・・なんか、悪事に加担してるようで気が進まないけど・・・、それはそれね。他に分かった事教えてくれる?」
「あいあい」
まずは、故人、オーリーがどういう人であったか。
オーリーの作るオルゴールは『天使の子守歌』とも呼ばれ、ロイヤルファミリーに献上されるほどの高級品だ。
その価値は時に五百ポンドを越えることも。
先祖代々受け継がれてきた技術は、長い間人々を魅了し続けていたが、しかし、オーリーの次の後継者は見つからず、その技術を伝える前に彼は天寿を全うしてしまった。
「・・・凄い、方だったのね」
「一応弟子も居たみたいなんだけど・・・逃げ出したみたい」
職人にはありがちな話だろうが、オーリーはとても寡黙な人物だった。
いや、寡黙という言葉ですらまだマシかもしれない。
言葉というものを忘れてしまったかのように喋らないのだ。
弟子が間違いを犯しても何も言わず、ただ日々黙々と自身の仕事を熟す。
だが、もしオーリーが言葉を発したのであればこう言うだろう。
『弟子を取った覚えはない』と。
職人として腕を上げたい者、技術だけが欲しい者、様々いるが、結果的にオーリーが言葉を発さない事を良いことに勝手に弟子になっていただけなのだ。
だが、そんな事実は他人には分からない。
「お弟子さんが言うには、空気の様な扱いだったって」
「・・・確かにそれは辛いわね・・・。でも、それで技術が絶えてしまうのも勿体ない・・・」
それは、オフィーリアもアルフレッドも同じだ。
人から話を聞くだけでは、真実の真実は分からないものなのだろう。
「で、肝心の依頼主って誰なの?」
「ああ、オーリーさんの孫。ジャックさん」
ジャック・ブラウン。
二十三歳。
多忙な両親に変わり遺品整理をしていたところ、今回の遺言書と共にオルゴールを発見。
だが自分一人では解読することも出来ず、昔からの伝手で長官に依頼したのだそうだ。
「ってことは、解読の目的は遺産目当て?オーリーさんほどの方なら、確かに一財産あってもおかしくないものね」
「・・・いや、そうでもないんだ」
遺品整理の流れから見れば、オフィーリアがそう受け取るのも自然な事だろう。
だがジャックの想いは別にあった。
幼少の頃、ジャックはよくオーリーに預けられていた。
預けられていたとは言っても、オーリーは話もせずただ店番を一緒にしていただけなのだが、幼少の頃のジャックはそれでも全く退屈な思いをする事は無かったのだ。
オーリーの店には、様々な仕掛けで動くオルゴールが所狭しと置いてあり、それを見ているだけでもあっという間に時間が過ぎていったし、オルゴールを購入したお客さんの笑顔を見て、そんなオルゴールを作れるオーリーを誇らしく思っていた。
何よりも、オーリーの作ったオルゴールの音色が、何も話さないオーリーに変わって色んな事を語りかけてくれるような気もして、自然と、ジャックはオルゴールというものに惹かれていった。
幼いながらも、いつかは自分がお店を継ぐんだとも思っていた。
両親の強い意向で大学まで行き、ようやく卒業してこれから・・・という矢先の出来事だった。
オーリーに教えを乞う事も、技術を見て盗むことも出来なくなってしまった。
「爺さんのオルゴールを、技術を遺せなかった、と、そう後悔していた所に遺言書が出てきたんだ。『ここに、私の人生の全てを残す』この文字に希望を見出すのは普通の事だろ」
「・・・なるほどね。ジャックさんはこれにオーリーさんの意志が遺されていると期待しているわけね」
「そう言う事」
オフィーリアは改めてオルゴールを見る。
だが・・・話は分かったのだが、何度見ても只の箱の様にも見えるこのオルゴールに、そんな大それたものが遺されていると思う事が出来ないでいた。
「そもそも・・・これ本当にオルゴールなのよね?」
「それなんだよなぁ・・・」
その点に関してはアルフレッドも同じ考えのようだった。
遺品として遺されたオルゴール“らしき”物には、巻きネジもスイッチレバーも見当たらず、どうやって鳴らすのかもわからない。
「この蓋みたいなの・・・どうにかして開けらんないかな・・・」
「うーん・・・」
と、オフィーリアが悩んでいると、アルフレッドは思い切りオルゴールを振り回し始めた。
「ちょっと!精密機械をそんな雑に・・・!」
慌てたオフィーリアが止めようとすると、不意にオルゴールの蓋が開いた。
「え、あ、開いた・・・!」
「・・・・・・えええ・・・」
振り回した当のアルフレッドも、まさかそれで開くとは思っておらず目を丸くする。
驚く二人をよそに、オルゴールからは澄んだ綺麗な音が流れ始めた。
「・・・オルゴールの音ってこんなに綺麗だったっけ」
「『天使の子守歌』っていうのも頷けるわね。普通のオルゴールじゃ、ここまで澄んだ音鳴らないもの」
それは、今まで聞いたことがない程の音色だった。
「なら・・・余計に技術が継承されなかったのが悔やまれるな・・・」
「・・・あれ、でも待って・・・私、この音どこかで・・・」
オフィーリアはその記憶の正体を探ろうと思った。
次の瞬間。
「え?あっ!!!」
ガッシャーーーン!!と、アルフレッドは持っていたオルゴールを盛大に落としてしまった。
「!!!ちょっとアル!!何してんの!!??」
「あ、や、その・・・わざとじゃないっていうか・・・」
オフィーリアは落としたオルゴールに駆け寄る。
「この世に二つとないオルゴールなのよ・・・?もし壊れてたりなんかしたら・・・」
慎重に、破損が無いか隅々まで確認していく。
「あ・・・う、あ・・・?」
アルフレッドは言葉にならず、ただただその様子を見守る事しかできない。
「・・・これは・・・どうしようもないわねー」
オフィーリアがそう言うと、アルフレッドは堰が切れたかのようにうろたえ始めた。
「ど、どどどどど、どう、どうしようっ?!かたっ、形見、オーリーさんの・・・!ジャックさん、なんて言えば・・・!」
それを尻目に、オフィーリアは軽くこう言った。
「冗談よ」
「じょ・・・!!!」
その言葉に軽く思考が止まったアルフレッドは、次の瞬間には脱力し、オフィーリアを軽くにらみつける。
「お前、やっぱ性格悪い・・・!」
アルフレッドの悪態も無視して、オフィーリアは興味深そうにオルゴールの観察を続けている。
「これ、凄い。箱の中身そのものが“知恵の輪”みたいな作りになってるんだ・・・。ある意味振って開けるのは正解だったみたいね」
「・・・結果オーライ・・・?」
「今回は、ね。だけど、もうちょっと慎重に行動しなさいよ」
「はぁ・・・肝に銘じるよ」
壊れていなかった事実に安堵するとともに、こんな思いはもうあまりしたくないと思い直すアルフレッドだった。
「でも、なんでわざわざこんな作りにしたのかしら・・・。オルゴールに携わる人物であれば、振るなんて迂闊な行動しないはずよね・・・。もしかして家族に向けた遺言じゃない・・・?いや、でも・・・」
オフィーリアの頭の中で、推理がどんどん展開されていく。
「なんか、あるんじゃん?オーリーさんの隠された意図みたいなのが」
「・・・どんな?」
「・・・さぁ・・・常識に囚われるな、とか」
なんともふわふわした回答に溜息を吐くオフィーリア。
そこでふと、オルゴールの中に鈍く光る物があるのを発見した。
「・・・なに、コレ」
「随分年季の入った鍵だな」
「もしかして・・・これこそがオーリーさんの遺したかったもの?」
「・・・でもどこの鍵かもわかんないんじゃ・・・」
「それは、もうジャックさんに聞いてみましょう。何か知ってるかも。オルゴールも開いたわけだし、一度経過報告に行きましょうか」
4
日をまたいで、翌日。
まだまだ慣れたとは言えないツーナインのオフィスへの道程を、それでも上手く障害物をよけながら進む。
年代物のエレベーターに乗り込み、大きな欠伸をひとつ。
エレベーターが遅いのか、はたまたそれだけ深い位置にあるのか、それなりの時間をかけて目的階へ辿り着く。
乱雑に積まれた段ボールなんかを避けながら、古臭い扉を開ければ、そこがツーナインのオフィスだ。
「おはざーす・・・」
欠伸交じりの挨拶をするアルフレッド。
「おはよう。挨拶くらいしっかりしなさい」
それに、まるで母親の様に注意するオフィーリア。
「・・・オフィもう来てんの?早いねぇ・・・ふぁ」
もう何度目かになる欠伸をするアルフレッド。
恐らく睡眠時間が足りていないのだろう。
「アルが遅いのよ。で?どうだったの?昨日。ジャックさんに話してきたんでしょう?」
「ああ、それ。あの鍵、店の奥の物置部屋の鍵だったみたい」
「物置部屋?」
「そう。いや俺も中見せて貰ったんだけどさ、もうすげぇの。めちゃくちゃ大量のオルゴールが入っててもう壮観だったよ」
「へぇ。じゃあ、当分の販売には困らなそうね。でも・・・それがオーリーさんの遺したかったものなのかしら・・・確かに人生を賭けた仕事だったんでしょうけど」
「あ、いや、それがさ・・・」
アルフレッドは歯の奥に物が挟まったような微妙な言い方で続ける。
「物置部屋にあったの、売り物にはならない半端な物ばかりだったらしくて・・・」
「え、わざわざこんな手の込んだ遺言を遺しておいて、それ?」
それにしては随分な結末だ。
オフィーリアにとっては、納得し辛い内容だった。
「・・・爺さんは最後まで職人だったんだなって。ジャックさんは感慨深そうに言ってたよ」
「・・・どういう事?」
ジャックも、まだまだ成り立ての見習いだが、歴とした職人だ。
しかもオーリーのオルゴールに関して言えば、幼少の頃から触れて、見てきている。
そのジャックが物置部屋のオルゴールを見て感じ取ったのは、『オーリーの言葉そのもの』という事だ。
物置部屋のオルゴールたちは、確かにそのままでは販売できない未完成品だ。
だが、どれもこれも少し手を加えれば完成品として販売できるようなもので、それも少しずつ、それぞれ修復難易度が変わっている、変わるように出来ている物だった。
「まるで、オーリーさんに『直して見せろ』って言われてるようだって」
「・・・『人生の全て』というのも、あながち間違いでもなかったわけね」
それを聞いて、オフィーリアの中でようやく合点がいったようだ。
「それにしてもやり方が回りくど過ぎない?これじゃちゃんと技術が継承されるかも分からないし」
「・・・どっちでもよかったのよ。きっと」
「え?」
こんな、回りくどいやり方をわざわざ選んだ理由。
「別に、技術が継承されようがされまいがどちらでもよかった。ただ・・・最後までオルゴールを楽しんでもらいたい。それだけだったんじゃない?」
今となっては、想像に過ぎない。
確かめる術もない。
そもそも本当に後継者を育てるつもりであれば、ちゃんと教えていればいいだけだ。
だが、自分のオルゴールを愛してくれたジャックの将来を、それだけに限定してしまうのは違うと思ったのだろう。
色んな事を知って、色んな選択肢がある中で、それでもこの道を選んでくれるのであれば・・・。
きっと、そういった想いが、このオルゴールには込められていた。
「・・・ふぅん?」
珍しくメランコリックな様子のオフィーリアに、アルフレッドは少しからかうように言葉をかける。
「な、何よ」
「いや?オフィって性格悪いけど、いい奴なんだなって」
「はぁ?」
まるで矛盾している事を、矛盾していないように言う。
アルフレッドの、本心だった。
「でも、オフィの言う通りなのかもな。今回のこのオルゴールは、口下手なオーリーさんの、精一杯のやさしさだったのかも」
「そうかもね・・・と、こ、ろ、で」
と、突然肩を震わせるオフィーリア。
「結局これ何だったの?!私たち鍵見つけただけじゃん!私に、もっと、ドンパチやらせなさいよ!!!
「おまっ・・・!折角いい感じに終わろうとしてたのに!」
やはり、オフィーリアには物足りない任務なのは変わりなかったようだ。
5
暗闇。
自分が何処にいるかも分からなくなるような、暗闇の中。
一人の女性に話しかけられる。
「どう?うまく行きそうかしら?」
その女性は、少し興奮したような、楽し気な雰囲気で問いかける。
「・・・そう、そうよね。まだ、始まったばかりだものね。ごめんなさい。私としたことが、少し気が急いてしまったみたいだわ」
ふふっと優雅な笑みを浮かべながら、話を続ける。
「まだまだこれからよね。焦ることは無いわ。ゆっくり・・・ゆっくりやっていこうじゃない」
その笑みは、次第に怪しげな雰囲気も含んでいく。
「私たちが担う、この国の未来の為に。今出来ることをしていかなくてはね」
果たしてこの女性は何者なのか。
「・・・新しい任務は、また追って連絡するわね。その時が来るまで、存分に英気を養っておいて頂戴」
一体誰に向かって話しかけているのか、誰もわからない。
「じゃあ、またね」
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