「なんで、人が・・・」
ファウヌスは腕組みをして眉間に皺を寄せる。
「人でもないよ。ヒトに成れなかった、人形じゃ」
「人形?」
そう言われよくよく見てみると、確かにそれには顔が無かった。
のっぺらぼうの人形。
白い、ヒトガタをした、何か。
それが結晶の中に入っている。
「これ、なんなんだ?」
「大昔の遺物じゃな。我もそれほど詳しい事は分からん。が、こんなもの、どう転んでも碌でもない事じゃろうがな」
魔素の結晶と、ヒトガタの何か。
確かにこの状況証拠だけを見ると、不穏な空気を感じざるを得ない。
魔素が何かという事を知った今は尚更だ。
「なんで、これを俺に見せたんだ?」
俺にはその意図が、うまく掴めずにいた。
ファウヌスは俺に何を求めているのだろうか。
「それはボクから説明するよ」
どこからか、知らない声色が聞こえてくる。
気が付くと大木の前に、いつの間にか二人の子供がいた。
白いワンピースを着て、金色の髪と、エメラルドグリーンの瞳をした、双子の様な子供だ。
違う所と言えばその髪の長さ位だ。
「初めまして。ボクはリリス。こっちの子はイヴ。ボクらは・・・まぁ、この森の妖精のようなものだと思ってくれていいよ」
ボブカットの方がそんな事を言う。
「妖精ぃ・・・?そんなおとぎ話みたいな・・・」
と言いかけてファウヌスが視界に入る。
「なんじゃ?」
「あ、いや。何でもない。あるよな。そんな事も。そうだよな」
すぐそこに人なのか獣なのかよくわからない異形の変態がいるのだ。
そんなのがいるのだから妖精だっていてもいいだろう。
この森では、あり得ないことはないくらいに思っていた方が良い。
「何か失礼な事を考えてはおらんか」
「気のせいだろ」
察しのいいファウヌスを軽く受け流しておく。
「ファウヌス、彼を連れてきてくれて、ありがとう」
「・・・フン」
長髪の方、イヴがファウヌスに謝辞を述べる。
ファウヌスのその反応はとても微妙だった。
「さて、ユリウス。君に話しておきたいことがあるんだ」
リリスは見た目こそ子供だが、その口調は柔らかく、どこか気品すら感じられ、大人びた雰囲気を纏っている。
「・・・なんだ?」
「この森の事さ。ここで暮らすのなら、知っておいた方がいいかと思ってね。それと、お願いしたいことがあるんだ」
「お願い?俺にか」
「そう。まぁ、そんなに大したことじゃないよ。それに、実際にやるかどうかは後で判断してくれたらいい。もちろん、やらない選択肢だってある。気楽に聞いてほしい」
来たばかりの俺に、何をお願いしようとしているのかは分からないが、ここは額面通り受けっておくことにした。
まずは話を聞いてみない事には分からない。
「ありがとう。でも、どこから話そうか・・・うん、そうだな・・・ボクが話す前にまずは、君が知っている事について知りたいかな」
「俺が知っている事?」
「そう。この森について。皇国での伝承でもなんでも。まずはそれが聞きたい」
「・・・そうは言っても、知っている事なんてそれほどないんだが・・・」
と、前置きだけはしておいて話始める。
皇国においてこの森は『真宵の森』と呼ばれている事。
由来はと言えば、森に入った者が帰ってこれない所から来ていたはずだ。
迷う森。
それに加えて、瘴気の影響で暗く、赤紫のマーブル状に見える事から、宵の森。
転じて真宵の森と呼ばれるようになった。
それ以外に関しては特に文献が残っているわけでもなく、ただ単に皇国から立ち入り禁止区域に指定されている場所、という認識でしかない。
いや、認識というより、情報が無さ過ぎるのだ。
今回の化学部門の任務から察するに、皇国は何かを知っているが情報を表に出していない、という可能性もあるが、実際に資料として見たわけでもないからなんとも言えない所だ。
ただ単に瘴気の研究を進めていくうちに、あの瘴気軽減装置なるものが作られたという事だって十分にあり得る。
そもそも皇国は、この森に何を求めていたのだろうか。
普通に考えれば、自国領土内に未知の領域があれば、確かに不安要素になる。
それを正しく把握する為だと言えば説得力はあるだろう。
そんな、自分の推測も織り交ぜながらリリスに説明をしていく。
「・・・だから、知っているも何も、情報が無さ過ぎて、ほとんどの部分を推測で話す事しかできないんだ。・・・すまない」
「謝る事は無いさ。それで十分だよ。今の皇国の様子が知れただけでもね」
「そうか」
「ふむ。イヴ、どう思う?」
「・・・」
イヴはコテンと小首を傾げる。
腰まで伸びた長髪がさらりと揺れる。
「ユリウス、来た。まだ、諦めて、無い?」
「・・・俺?」
「そうだね。そう見るべきだろうね」
「何の話をしてるんだ?」
二人で勝手に話が進んでいる。
「ああ、ごめんね。ユリウス、キミは魔素についてどのくらい知っているんだい?」
「どのくらい・・・そうだな、魔素は本来空気中に当たり前の様にあって、それがいつしか不純物と混ざるようになって瘴気が生まれたって事と・・・それと、魔素は動植物のポテンシャルを底上げする効能がある、とか」
「うん。それだけ知っていれば十分だ」
リリスは満足そうに頷く。
「・・・少し、昔話をしようか」
そう一呼吸おいて、リリスは話始めた。
この森、この大陸にはかつて魔素が満ち溢れていた。
大自然に溢れ、動物たちは厳しい食物連鎖の中でも生き生きと暮らし、全ての生物がその生を謳歌していた。
そんな中、森で暮らす一つの民族がいた。
ボクは彼らを、「原初の民」と、そう呼んでいるよ。
彼らは潤沢にある魔素を自分たちの意のままに操る術を持っていた。
何もない所から火を熾したり、風を吹かせたり、水を流したり、大地を操ったり・・・色々出来たそうだよ。
そんな特殊な術を使いながら、森の恵みを享受しながら、彼らは慎ましく暮らしていた。
それらに目を付けたのが・・・アルシオン王国、今の皇国の祖だね。
王国は森の豊かな資源を活用しようと目論んだ。
魔素を自在に操ることのできる技術を、自国民にも広げようとしたんだ。
でも、出来なかった。
当然だね。
王国民には魔素への適応力が無かったから。
それでも諦められなかった王国がどうしたかというと・・・。
作ることにしたんだ。
一から、人間を。
そこまで聞いて、背筋が凍る。
思わず結晶のヒトガタを見る。
その視線に気づいたのか、リリスはクスリと笑う。
「そう、ユリウス。キミの想像通りだよ」
「まさか・・・そんな事が・・・」
「できてしまうんだ。魔素をうまく使えばね」
「でも、王国民には使えなかったんだろう?どうやって・・・」
と言いかけて、嫌な事を想像してしまう。
「原初の民をね、『使った』んだ」
その言い方が、俺の想像がそこまで外れていないことを物語っていた。
どのように使われたのか、それはあまり聞きたくない話だった。
「王国民でなければ人に非ず。搾取の為の侵攻。非人道的な実験は当たり前・・・そんな国だったのだよ。アルシオンは」
それは、俺の知らない皇国の姿だった。
歴史というのは、時の権力者によって都合よく書き換えられるものだ。
人民をうまく誘導するためには必要な事なのだろう。
それがすべて間違っているとは思わない・・・が、これほどとは思っていなかった。
もちろん、リリスの言う事がすべてだとも思っていないが、一つの側面として受け止めておく必要はある。
頭を抱え、腰を下ろす。
だとしても、受け止めるには大きすぎる事実でもあった。
「・・・ショックかい?」
リリスのその声音は優しい慈愛に満ちているようでもあった。
「・・・まぁ・・・それなりにな。だが、考えてみればそんな国だったとしてもおかしくはない。・・・皇国は、隣国を併呑しながらその勢力を拡大させてきた国だ。・・・説得力は十分すぎるほどある」
「・・・そうだね」
「それに、皇国には内情不明の化学部門ってのがある。そこが研究を引き継いでいるとしたら・・・」
全てが繋がって見える。
化学部門が旧王国の研究を引き継いでおり、魔素の研究を進めていた。
その研究の成果か何かは分からないが、『瘴気軽減装置』なるものを作り出した。
それは森の中の『何か』を回収する為と考えられないだろうか。
俺はその為の実験動物にされたというわけだ。
皇国がこの森に固執する理由にも説得力が増す。
なぜ俺が選ばれたのかは謎だが、それも、俺が魔素に適性があると初めから知っていたと考えられないだろうか。
「仮説ではあるが・・・納得できてしまうな」
筋は通る。
状況証拠は揃っている。
「うん。ボクらもね、そうではないかと疑っているんだよ。万が一にでも、もうこの森を荒らしてほしくはないからね・・・」
「・・・それで、俺に何が出来るんだ?」
リリスは頼みたいことがあると言っていた。
この状況で俺に何かできる事があるとも思えないのだが。
「そう、君に頼みたいのは、皇国へ探りを入れて欲しいのさ」
「探りと言っても、どうやって?俺はもうここから出られないんだろう?」
それを聞いたリリスは、薄い笑みを浮かべた。
「・・・ちょうど、来た、ね」
イヴが空に向かって指を差す。
誘われる様に指の先を見ると、そこには・・・。
「クアア!」
「・・・!カズィ!!」
見慣れた姿がそこにはあった。
カズィはその大きな翼を広げて、下まで降りてくる。
そしていつもの様にスリスリと頬ずりをし始めた。
「お前、また来てくれたのか」
こちらもお返しと言わんばかりに嘴の下をいつもの様に撫でる。
「・・・っていうか、カズィの事知ってるのか?」
「ほう。今はカズィという名前なんだね。いい名前を貰ったじゃないか」
「・・・その子は、もともと、この森の子。ユーリ、この子、助けてくれた。ありがとう」
お礼を言われたことに少し照れくさくなり、鼻の頭をポリポリと掻く。
そういえば、と、カズィの違和感に気付く。
カズィは真宵の森と皇国を問題なく行き来できている様子。
魔素が無くとも、外の世界で問題なく生きられている。
「なんでカズィは外に出られるんだ?」
「クァ?」
可愛らしく首を傾げる。
「ボクにも分からないけれど・・・突然変異体、とでも言えばいいのかな。元々森生まれだから魔素への適正は問題ない。恐らく身体が完全に出来上がる前に外へ行ったことで、少ない魔素でも活動できるようになったのではないかな。彼の、カズィの生命力の勝利だね。・・・ま、ボクは科学者でも何でもないから、ただの憶測だけれど」
わざとらしく肩をすくませながらリリスは言った。
「カズィ、ユーリに、懐いてる。皇国と、やり取り、できる」
イヴが端的にそう言った。
「成程、そう言う事か」
別に俺自身が森から出る必要はない。
両方の世界で生きられるカズィに伝言を頼めばいい。
「もし研究が続けられているのなら・・・キミが森の中で生きていると知れば、彼らはキミをサンプルとして回収したがるだろう。動きが無ければそれで良し。ただそれだけさ」
「・・・聞いても良いか」
「・・・何かな?ファウヌス」
これまでじっと話を聞いて黙っていたファウヌスが口を開く。
「お主等がそこまでせずとも、そもそも外の奴らは瘴気がある限りここに入ってこれん。それでもなお行動する理由はなんじゃ」
「・・・」
確かにその通りだ。
むしろこちらから動くのは、逆に『何かある』と思われるのではないか。
・・・いや。
「・・・俺、か?」
リリスとイヴは静かに頷く。
「・・・キミには酷かもしれないけれど・・・可能性が無いわけではないんだ」
俺は、皇国で生まれ育った人間だ。
もちろん魔素への耐性だって初めからあったわけではない。
この森に入って、運良く助かり、耐性を得たのだとそう思っていた。
カズィの逆だ。
だが、しかし、それも計画通りだったのだとしたら・・・。
瘴気軽減装置なんてものは単なる口実で、本当は俺自身の耐性のテストだったとしたら・・・。
「・・・そんな・・・」
頭を抱える。
「ユーリ・・・ユリウス・イングラム。キミが、キミこそが、創られたニンゲンの可能性がある」
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