『SO99~業火の欠片~』


監修:contrail

※こちらはディオゲネスクラブで上演された作品のSS版です。



特殊捜査室―――。
それは多様化する犯罪に対応する為に創設された、様々な分野におけるスペシャリスト集団。
そこに新たに追加されたのが『SO99』、通称ツーナインと呼ばれる部署だ。
ツーナインに配属されたオフィーリアは、自らの実力が認められた結果であり、これから様々な難事件をバッタバッタと解決していってやろうと喜び勇んでいたのだが、蓋を開けてみれば、最初の任務は上層部の雑用ともいえる様な内容だった。
しかも、それ以降待てど暮らせど音沙汰無し。
指示も何もあるわけでもなく、完全に放置されている状態が続いていた。
やれることといえば、ツーナインに与えられたオフィスの清掃くらいだった。
そうして溜まった鬱憤を、オフィーリアは射撃で解消していた。
オフィーリアの射撃の腕前はなかなかのもので、それこそ、五輪選手として競技に出てもおかしくないくらいだ。
的は無いが、自分で想定した場所を目掛けて―――。

撃つ。

撃つ。

撃つ。

銃声と共に、薬莢が散る。
足元にはすでにかなりの数の薬莢が転がっていた。



轟々と燃え盛る炎の中、アルフレッドは叫ぶ。

「・・・ッ・・・逃げろ・・・逃げろ、セシリー・・・!」

だが目の前には誰もいない。
あるのは視界を赤く染め上げる炎だけだ。
何処からか銃声が聞こえる。
まさか、撃たれてしまったのか・・・。
アルフレッドは、力の限り叫ぶ。

「セシリーーー!!!」

またひとつ、銃声が聞こえた気がした―――。

霞みがかった頭の中を、何かの反響音が響く。
いつの間にか眠ってしまっていた様だ。
アルフレッドは身を起こして欠伸をし、目を開けると、目の前に硝煙の匂いを漂わせた銃口が自身に向いていた・・・!

「・・・ッぇぇえええええ?!?!!?」

寝起きのアルフレッドがばっちり目を覚ますには十分すぎる衝撃だった。

「あらアル、起きたの?」
「い、いや、いやいやいや、何、な、おま、何やってんの?!」

どこか頭のネジが外れた女だとは思っていたが、さすがのアルフレッドもこれは予想外の展開だ。
セーフティを外した拳銃を平気で人に向けてくるとは。

「何って、射撃訓練」
「訓練?!訓練って、訓練ってお前!ここ、オフィス!俺らの!場所考えろ!!」

冷静に考えれば場所とかの問題でもないのだが、この時のアルフレッドはそれどころではなかった。
なにせいつでも撃てる状態の銃口がこちらに向いているのだ。
そんな状態まともな言葉を出せるものでもないだろう。

「いや、この間ここの掃除したじゃない?その時なんか既視感あるなって思ってたら、ここ、元は訓練場だったみたいなのよ。だから大丈夫よ」

対してオフィーリアは、ようやく銃を下ろしたと思ったら、おもちゃで遊んでいたかのような笑顔で言った。
一体何が大丈夫だと言うのだろうか。

「大丈夫って言ったお前?大丈夫って言ったお前?・・・大丈夫って言ったお前?」

その言葉を信じられず、思わず同じ言葉を繰り返してしまうアルフレッド。

「お前が大丈夫か?!」

今できる精一杯の抗議の意味を込めてオフィーリアに言葉を投げる。
だがオフィーリアは全く動じていないようだった。

「そっちこそ、随分と魘されてたみたいだけど?」

そう言われ、アルフレッドはようやく自分が夢を見ていたことを思い出す。

「あ?・・・あ、ああ・・・なんか、変な夢見てな」
「どんな?」

思い出そうとしても、どんな夢だったか最早思い出すことはできなかった。

「・・・あー・・・忘れた」
「・・・ま、夢ってそんなものよね」

夢をそれほど気にした様子もなく、アルフレッドは寝起きであることを思い出したかのように大きな欠伸をする。
どこかまったりとした空気が流れているオフィスに、聞きなれた、どこか時代に取り残されたかのようなエレベーターの音が響く。

「し、ししし、失礼、しますッ!!!」

二人の知らない声がオフィスに響き渡った。

「こ、ここ、こちら、ツーナインのオフィスで、お間違えございませんでしょうかッ?!」

突然の来訪者に驚きを隠せないオフィーリアとアルフレッド。
ブラウンのチェックスーツに、蝶ネクタイを締め、どこか幼さを残しながらも高貴な雰囲気を纏った青年だ。
一瞬の静寂の後、最初に声を絞り出したのはアルフレッドだった。

「・・・えっ、と・・・まぁ、そうだけど・・・誰?」

そう問われ、来訪者はびしっと敬礼し答えた。

「ハッ!申し遅れました!僕、あ、いや、自分は、ケイン・ウィリアムズ巡査であります!本日付で、ツーナイン配属となりました!」
「「はい?!!」」

二人にとっては寝耳に水の事だった。

「え、アル、聞いてた?」
「いや俺は何も・・・」

そんな二人の反応もよそに、ケインと名乗った青年は話を続ける。

「僕、あ、いや、自分、元々警務課資料室勤務でして。今回、刑事課への異動という事で・・・!張り切りますのでこれから何卒よろしくお願いいたします!」
「警務課資料室?・・・あー、なるほど、あそこか・・・」
「何か知ってるの?」

アルフレッドは少し言い辛そうに言う。

「いやまぁ、何というか・・・ある意味うちと一緒、というか・・・?寄せ集め、的な?」
「あー、つまり厄介払いでうちに来たって事ね」
「はっきり言いすぎだろ・・・!」

オフィーリアを諫めるように言うアルフレッド。
しかし、それだと暗にツーナインもそうだと認めているようなものなのだが、二人はそこは棚上げしているようだ。

「いやいいんです。その通りですから・・・。僕、あ、いや、自分・・・!」
「あーもう!いちいち言い直すくらいなら一人称なんて何でもいいわよ面倒くさい!」
「あ、そうですか?では、お言葉に甘えまして・・・」

そこで一つ咳払いをして居直すケイン。

「僕、実は本を読むこと以外はからっきしでして・・・。だからある意味、資料室勤務は僕にピッタリではあったんですが・・・。でも、何といいますか、ね?こう、折角警察になったというのに、警察っぽくないなというか・・・」
「なんだよ警察っぽいって・・・」

アルフレッドはすでに面倒くさそうに顔をしかめている。

「わかる!!!」
「何急に!」

その『警察っぽい』という言葉に大きく反応したのはオフィーリアだった。

「そうよね!やっぱり、警察と言ったら・・・ドン・・・!」
「あーーー!!いいからそれはもう!!」

その先の言葉が分かってしまい言い被せるアルフレッド。
なんだかんだでオフィーリアという人物がどういう奴か、分かり始めていた。

「・・・で、ケインだっけ?俺はアルフレッド・ヤング。巡査部長。で、こっちのがオフィーリア・ムーア。こんなのでも一応警部」
「一応って何よ一応って!」

皮肉たっぷりに言った言葉を見逃さずにしっかり突っ込むオフィーリア。
だがそれを意に介せずアルフレッドは続けた。

「で、せっかく来てもらって悪いんだけどさ、うちも資料室とそんな変わんないよ。なんなら今、任務すら与えられなくて放置されてるから、資料室よりもタチ悪いかもね」
「え、でも僕、任務も一緒に預かってきたんですが・・・」
「は?」

アルフレッドは思いもよらない事態に困惑の声を上げる。
あり得ない。
そう、そんな事はあり得ないはずなのだ。

「・・・なんで・・・」
「来た来た来た!!!」

そんなアルフレッドを知ってか知らずか、久しぶりの任務に心躍らせるオフィーリア。

「今度こそもっとマシな任務よね!」
「あ、えと・・・最近市内で起きていた連続不審火の調査、だそうです」

不審火と聞いて、アルフレッドは何かが引っかかった。

「連続不審火・・・」

小さくつぶやいたその言葉は、二人には届いていないようだ。

「あー、あの公園のゴミ箱とか、空き家のやつ。え、でも犯人は捕まったのよね?」
「ええ。『公式には』ただの愉快犯という事になっています」

ケインはやけに強調して話す。

「・・・どういう事?」
「防犯カメラの映像や目撃者の証言でも犯人に間違いはないようなんですが・・・。どうやら放火の記憶が無いそうなんです」
「記憶が?それで逮捕したのか?」
「ええ。防犯カメラの映像も見せて、本人が間違いなく自分だと自供したので、それで。自分ではあるけど、記憶はなく、精神鑑定もポリグラフも正常値で・・・」

ポリグラフとは、平たく言えば嘘発見器だ。
本人が記憶が無いと言い張っているだけであれば、それで嘘をついているかどうかが分かる。
それが正常値という事は、少なくとも本人としては嘘をついていないという事になる。

「夢遊病の線も疑われたのですが、それにしてはハッキリと目的を持って動き過ぎているという事で、否定されています。身に覚えのない事が起きて本人も怖がってしまっていて、それなら掴まっていた方がまだ安心できるし、安全だろうという事で」
「成程ね・・・。それが今回の任務ってわけね・・・!」

オフィーリアの目が、静かに燃えている。

「・・・あれ?なに、なんか今回は乗り気じゃん」
「あったりまえじゃない!前回の探偵まがいの仕事とは違うもの。ドンパチは無さそうだけど、ちゃんと警察の仕事じゃない」
「・・・はぁ、まぁ、基準が良く分からんけど。とりあえず、久々の任務だな。ケイン、よろしくな」
「は、はい!よろしくお願いします!」



「じゃあ早速だけど、まずは不審火について洗い出しましょうか」

やはりいつになく張り切っているオフィーリア。

「はい!それについてはお任せください!全ての資料は僕の頭の中に入ってますので!」

その張り切りに応えるかのように、元気よく言うケイン。

「全部の?そりゃすげぇな」
「これだけは、人に誇れる特技ですね。一度目を通したものは忘れませんので」

どうやらケインは超常的な記憶力を持っているらしい。
仕切り直しで、ケインはひとつ咳払いをして続けた。

「・・・それで、掴まった犯人が関係しているであろう不審火は、全部で四件。まず一件目は、公園のゴミ箱ですね」
「最初は事件というより、事故の線で捜査されていたのよね」
「そうです。燃え跡からマッチが発見されたので、何かの拍子に燃え移って仕舞ったのだろうという結論になりました」
「で、本格的に放火事件として捜査され始めたのが、二件目の空き家からよね」

資料が頭に入っているというケインはまだしも、オフィーリアもよく事件の詳細を知っているようだ。
アルフレッドはなんだか置いていかれているような気分になる。

「ちょ、ちょっと待って。オフィなんでそんな細かく知ってんの?」
「なんでって、普通にテレビでも報道されてたし、新聞にも載ってたわよ。あんたニュースとか見ないの?」

事件の概要は普通に報道されているらしい。
朝が弱いアルフレッドが知らないのも無理はなかった。

「俺は朝ギリギリまで寝てたい」
「あんたねぇ・・・まぁ今はいいわ」

それをオフィーリアもよく分かっていたようで、深く言及はしなかった。

「それで、空き家の件だけど」
「あ、はい。空き家に関しては、火元が無い場所の火事でしたので、初めから放火が疑われていました。で、発火元を調べてみると・・・公園のゴミ箱長らく放置されておりと同じものが発見されました」
「それで関係性があるとされたのか」
「ええ、概ねそのような感じです」

そもそも、今現代においてマッチ自体が珍しくなりつつある。
昔はバーなどでもよく配られていたようだが、今はそれも少なくなっているのではないだろうか。

「偶然一致しただけという見方が大半だったそうです。しかし、決定的だったのが次の三件目・・・」
「病院のボヤ騒ぎね」
「・・・はい。幸い、発見が早かったのでボヤ程度で済みましたが・・・。ここでも火元から同じマッチが発見されました。ここまでくると、さすがに偶然では片づけられません。ここから一気に全ての事件が紐づけられました」

元々数が少なくなってきているマッチが、同じ時期、同じ事件、犯行に使われているとあっては関係性を疑うのは当然の事だろう。

「病院の防犯カメラから容疑者は絞り込めていた所、先に四件目の不審火が発生したのよね。確か、街はずれの教会。取り壊し予定で牧師さんも常駐してなかったみたいだから、怪我人も出ずに燃え広がりもしなかったけど、教会自体は全焼」

街はずれの教会は、ポツンとそれだけ切り離された様に建立されており、周りには何もないような場所だった。
そのお陰で被害はその教会のみに収まったのだろう。
取り壊し予定ではあったものの長らく放置されており、荒れ放題になっていてちょっとした心霊スポットの様に扱われていた。

「場所が場所だから、悪魔付きの仕業だって話題にもなったわね」

オフィーリアのその言葉で、アルフレッドは身震いした。

「・・・悪魔付き・・・ねぇ・・・」

心なしか顔は青白くなっている様に見える。

「?なに、アル。そう言うの苦手?」

様子のおかしくなったアルフレッドを心配してか、オフィーリアは声を掛ける。

「べっ!!・・・・・・別に、そういうんじゃねぇけど」
「強がる必要ないのに」
「だっ、かっ、ら・・・違うんだって・・・」

だんだん尻すぼみになっていくアルフレッド。

「でも、犯人には記憶が無いんだろ?・・・状況だけみたら、それもなんか妙に説得力あるじゃん・・・」

悪魔に操られ、知らず知らずのうちに放火を繰り返す・・・。
だから放火をしている間の記憶はないし、本人の動機も分からない。
おまけに燃えたのが心霊スポット的な教会。
噂になるのも無理はないだろう。

「確かに、これだけの事をしておいて記憶が無いのは、本人としても怖いでしょうね」

オフィーリアはあくまでも現実的に意見を述べる。

「悪魔付きかどうかはさておいて、不可解な事は間違いないわ」
「ええ、そうなんです。催眠、等も考えられましたが・・・それにしては犯人に接触したような人物は、一人もいないんです」
「一人も?いやいや、そんな事あるか?」

普通に生活していれば、様々な人物と接触はあるはずだ。

「ちょっとした買い物でも、店員と話すじゃん」
「・・・引きこもり、だったそうです。仕事もリモートで、ここ三ヶ月は誰とも会話が無かったようです」
「いやリモートだとしても、会話位あるだろう。ほら、会議とかで」
「メッセージのやり取りだけで、そのメッセージも必要最小限かつ業務メッセージのみでした。・・・通話ですら、会話していません」
「・・・・・・・・・それは・・・逆に精神を病んでも仕方ないだろ」

悪魔付き云々ではなく、精神的に追い詰められていた可能性のほうが現実的だ。

「んー、でも、そういうのが平気な人もいるわよ。職人気質、っていうのかな。一度作業を始めるとずっとのめり込んでしまえるような。私の知り合いにもいるもの。熱中している間は、連絡なんか返って来やしない。でも、そういう人が結果的に凄いものを作り上げたりするのよね」
「へぇ・・・俺は人と会話がないとか・・・あまり考えたくないな」
「・・・ま、それは人それぞれでしょう。私は少し、分かる部分あるから」

オフィーリアにとってそれは射撃の事だ。
銃を構えている間は、周りの音がスーッと消えていく。
集中力の極致とも言え、スポーツ選手などがよく入るとされているゾーンに近い状態なのかもしれない。
オフィーリアの銃の腕前は、署内でも随一だろう。

「ふぅん。・・・で、話戻すんだけど、最初は公園のゴミ箱、次が空き家か。で、病院と・・・教会だろ?一貫性が見当たらないんだが」

その疑問に、ケインが答えた。

「そうですね・・・。共通点と言えば、まずはマッチ。でもこれは犯行の共通点ですね。犯行場所としての共通点という事でしたら・・・他人には危害が加わらない場所、でしょうか」
「・・・え?いや病院は?」

ゴミ箱、空き家、教会は人がいない時を見計らえば危害は加わらないだろう。
だが病院はそうもいかない。
常に誰かしらが居るし、万が一にでも燃え広がったらそれこそ大惨事だ。

「より正確に言えば『他人には被害が出ないようにしていた』ですね。病院は見つかりやすい場所で、尚且つすぐに対処できるような場所を、わざわざ選んでるんです。自分が見つかるリスクを冒してまで。実際、カメラに写っていたわけですし。それに、万が一にでも見逃されないように、火災報知機を鳴らし、第一発見者になりすまして警備員に火元を伝え、その混乱に乗じて逃げる、という事までしています」

ますます、何がしたいのかがよく分からない放火だ。

「動機は?って記憶が無いんだものね。聞けるはずないか」
「仰る通りです。犯人の経歴から見比べても、特に関わりの深い場所という事でもありませんでしたし・・・。完全に無差別、ですね」

連続放火魔。
放火には同じマッチを使用し、場所は完全無差別。
しかも犯人に放火の記憶はない・・・。
なんだか霧の中に迷い込んだような、そんな事件だ。

「・・・なぁ、それで、俺たちはいったい何について調べればいいんだ?あ、いや、色々不可解な事件であることは分かるんだけどさ。それこそ、本部が事件を調べてる最中なんだろ?俺たちの出る幕じゃないだろ」
「・・・それが・・・本部は、この件からは手を引くそうです」
「はぁ?!こんな中途半端・・・あり得ないだろう!!」

思わず怒りが先行してしまうアルフレッド。
警察は、どんな小さな事件でも最後まで捜査する。
送検後も裏付け調査など、長い期間をかけて事件を完結させる。
決して逮捕するだけが警察の仕事ではない。

「つまり、もっと上の方から命令が出たって事でしょ」

オフィーリアは静かに言葉を発する。

「・・・ええ。本格的な捜査に入る前に、上層部は事件からの引き上げを決定しました。表向き犯人は捕まってますし、それ以降不審火騒ぎも起きていません。・・・それに、目立った被害者もいませんし」

アルフレッドは隠す気もなく大きな舌打ちをした。

「これ以上調べる気はないってか」
「今回は、そういう事後処理をしておけって事でしょうね。真実かどうかより、いい具合に辻褄を合わせておけ、と。・・・まともな捜査かと思ってたのにがっかりね」

あれほどやる気を出していたオフィーリアも呆れて頭を抱える。

「し、しかしですね」

そんな空気を振り払うように、ケインが声を上げる。

「例え辻妻合わせだとしても、それで市民が安心するなら・・・それはそれで良い事だと、僕は思うんです」
「あ?」

思わぬセリフに、素っ頓狂な声を出してしまうアルフレッド。

「悪戯に不安を煽っても、仕方がないじゃないですか。だから、秘密裏に動けるここに、引き続き調査をさせようとしているのではないですか?」

何とも都合のいい主張だとアルフレッドは思った。
それは、管理する側の意見だ。
そういう所から腐敗は進んで行くというのに。

「・・・まぁ、それもそうね。本当に調べる気が無いなら、任務として下ろす意味が無いもの」

オフィーリアはケインのその言葉の中身については深く触れないようにしたようだ。

「・・・」

アルフレッドは静かに状況を見つめている。

「まずは現場を見に行ってみましょう。あらかた片付けられてるとは思うけど」
「あ、それでしたら、空き家と教会はまだ現場がそのままになっています。現状誰も使っていな場所で、後回しになってますから」
「じゃあ、その二か所を重点的に見に行ってみましょうか」



三人で手分けして各所を見回った後、残す場所は空き家のみとなっていた。
空き家は教会と同じく街から少し離れた場所にあり、木々に囲まれた自然豊かな場所にあったようだ。
庭の様な所もかなり広く、周りに燃え広がる様なものは無かった。
燃え跡から、それなりに大きな屋敷であったことが伺える。

「しっかし・・・こりゃまた派手に燃やし尽くしたな・・・」

申し訳程度に燃え残った柱がちょこんと立っているくらいで、辺り一帯炭で黒く塗りつぶされており、屋敷としての全体像すら分からなくなっていた。

「使う人が居なくなって、風化が進んでいたそうです。空き家が崩れるのも一瞬だったそうです」
「これだけ見事に何もないと、あんま来た意味ないかもな・・・」
「こんなに大きな土地・・・一体どんな人が住んでたのかしら」
「この辺りの地主、と言えば聞こえはいいですが・・・地上げ屋、だったみたいですよ」

地上げ屋と聞いたアルフレッドの目がスッと細くなった。

「はっ、じゃあ大方ここも騙し取ったって事か」
「・・・というより、借金のカタに持っていかれた、という感じでしょうか」
「変わんねぇよ」

鼻で笑って悪態をつくアルフレッド。

「元は誰の家だったの?」
「それが・・・」

ケインは言い辛そうに、言葉を紡いだ。

「元々はここ・・・孤児院、だったようです」
「・・・!・・・ぁ、はぁ・・・血も涙もないわね」

借金があったとはいえ、孤児院を取り潰すというのは、聞こえの良いものではない。

「まぁ、当時には当時の事情があったんでしょうから、あんまり言えないけど・・・それだけ聞くと、どうもすっきりはしないわね」
「・・・孤児院・・・」

アルフレッドは孤児院という言葉に、引っかかるものがあった。
ズキズキと頭が痛む。
目の前には轟々と燃え盛る炎が見える。
ここは・・・どこだ・・・。

「・・・ル・・・アル・・・」

俺はどこにいる。
これはなんだ。
あそこにいるのは・・・。

「アル!!!」

オフィーリアの叫びにも似た声に、ハッとするアルフレッド。
強張っていた全身に、ゆっくりと血が巡っていくのを感じる。
目の前には、燃え残った柱が今にも倒れてしまいそうに寂しく佇んでいる。

「どうしたの?凄い汗だけど・・・」
「・・・いや、なんでもない」

アルフレッドは極めて冷静に、何でもないかのように言う。

「少し、お休みになられては・・・?」

ケインも心配そうに顔を覗き込んでくる。

「平気だって。大丈夫。それよりケイン。気になったことがあるんだが・・・」
「はい。なんでしょう?」
「犯人ってもしかして・・・孤児院出身だったりしないか?」

そう問われ、ハッとするケイン。

「・・・ええ、確かにそうです。しかし、特にここの出身だったというわけでは・・・」
「いや。場所は関係ない。孤児院出身者という事が分かればいい。犯人には、精神鑑定が行われたんだよな?それってどの程度のレベルだったんだ?」
「それは・・・そんな深いレベルのものは行われていません。容疑者に対して毎回行われる程度のものです」
「だろうな」

容疑者に対して等しく行われる精神鑑定。
簡単な問題と解答によって、解答者が大体どのような精神状態かを把握する程度に行われる、極めて簡易的なものだ。

「・・・十五年前の、孤児院大火事事件・・・。覚えてるか?」

その当時、大きな孤児院が全焼した事件。
現在では事故として認識されている。
だがこの孤児院にいた関係者全員が、のちに行方不明となっている。

「ええ。ひどい火事でしたから。当時の捜査資料も資料室で拝見しました。・・・まさか、犯人はそこの出身・・・?」
「可能性はある」
「ああ、そういう事。火事のトラウマによる精神疾患。二重人格。解離性同一性障害。確かにそれなら、通常鑑定では診断されないし、犯行を覚えていないのも説明できる」

トラウマから発生した人格は、その原因となる事象を繰り返すことがあるという。

「トラウマによる模倣・・・・・・いや、復讐か・・・」

アルフレッドは呟くように言う。

「どちらにしても、あり得ない話じゃない・・・!本部はなんで見逃したの・・・?」
「いやでも、まだそうと決まったわけじゃありませんし・・・!」
「だとしても、初期捜査の段階で疑ってもいいくらいだ。単に気付かなかったのか・・・気付いていて、見逃したのか・・・」

上層部の事だ。
そういった可能性だって十分すぎるほどあり得る。

「・・・ここで話していても埒が明かないわ。十五年前の資料も見たいし、オフィスに戻るわよ」



オフィスには、アルフレッドとケインが、オフィーリアの報告を待っていた。

「アル先輩」
「ん?」
「このオフィス、なんでこんなに弾痕があるんです?」
「・・・」

アルフレッドは口を紡ぐ。

「?」

そんな話をしていると、オフィスに、最早聞きなれた振動と音が響く。
エレベーターの稼働音だ。
オフィーリアが帰ってきたのだろう。
エレベーターから降りてきたオフィーリアの眉間には見事に皺が寄っていた。

「・・・・・・」

腹の中で何かが煮えたぎっている。

「・・・オフィ、どうだった」

アルフレッドは半分理解しつつも、口火を切る。

「・・・何もなかった」
「え?」

オフィーリアはその肩を震わせ、腹の中でグツグツとしていたものを思い切り吐き出した。

「本部は!全くの無反応よ!せっかく資料纏めたのに受け取るだけ受け取ってそこらへんにポーイよ!!おまけに『ご苦労、もう引き上げていいぞ』ですってぇえ?!何よ偉そうに!!眉間ぶち抜いてやろうかしら!!!」
「おおおおおお、おちっおちっおちつ・・・!」

ケインは思いもよらない激昂に慌てふためき冷静さを欠いているようだ。
一方のアルフレッドは耳を塞ぎつつやり過ごしている。

「ケイン落ち着け。大丈夫これがこいつの通常運転だ」
「ぶ、物騒な方ですね・・・!あ、まさか・・・!」

ケインは先ほど見つけた弾痕とオフィーリアを見比べる。
とても察しのいい青年の様だ。

「あん?!!」
「ひぃ・・・!!」

今のオフィーリアは飛んできたものにはとりあえず噛みつく狂犬のような状態だ。
慣れてないケインにそのまま噛みつかせるのはよろしくないだろう。

「待て待て、誰彼構わず噛みつくんじゃない!・・・ハウス!!」

「ハッ?!ハウスゥゥゥ??!!!・・・アル、アンタも偉くなったじゃない・・・。この私に喧嘩売るなんて、良い度胸してるじゃない!!」
「あ、非売品なんでお引き取りください」
「キーーーーー!!!!!」
「あ、アル先輩なんでそんな神経逆なでするような・・・!!」

アルフレッドは何でもないように笑っているし、オフィーリアはぜぇぜぇと肩で息をしている。
ここが地下でなければオフィーリアの絶叫が施設内に響き渡っていた事だろう。

「・・・少しは落ち着いたか?」
「・・・少しだけね」
「・・・ぇぇぇぇぇ・・・」

オフィーリアとアルフレッドにとっては日常かもしれないが、ケインにとってはまだ難しい日常だった。
ドン引きである。

「・・・報告は済んだんだし、今日の所はいったん解散しようぜ。話は頭冷やしてからのほうがいいからな」
「それもそうね。・・・悪いけど、私は先に帰るわ。ジムでも行ってもうちょっと発散してくる。じゃあお疲れ」
「おお、じゃあな」
「あ、お疲れ様ですオフィ先輩!また、明日・・・!」
「・・・」
「・・・」

エレベーターが昇っていき、オフィスには静寂が訪れた。

「「・・・はぁ・・・」」

嵐が過ぎ去り、アルフレッドとケインは二人同時に溜息を吐く。

「・・・じゃあ、僕も先に上がりますね」

そう言って帰り支度を始めたケイン。
そのケインの背中に、アルフレッドは声を掛ける。

「ケイン」
「なんでしょう?」

ケインは振り返らずに、そのまま帰り支度を続行している。

「で、本当の所はどうなんだ?」
「・・・?何の話です?」
「とぼけんな!」

アルフレッドの強い口調に、ピタッと動きを止めるケイン。
しかし、まだ振り返りはしない。

「ここに任務を持ってきたってことは、お前もこっち側だろう・・・?お前、本当は何者だ?」

ツーナインの任務は、極秘裏に渡される。
外部に漏れる事はあり得ない。
なぜならば、ここはそういう風に作られているから。
そしてその極秘の任務を、ケインは持ち込んでいる。
となればケインも、同じ穴の狢という事だ。
ケインは、ゆっくりと振り返る。
その顔には、アルフレッドも良く知っている、あの仮面があった。

「・・・ふふ。あら、お前とは、随分な呼び方ね・・・?」

ケインの口から出た言葉は、先ほどまでのケインの声音とは全く違っていた。
同じ人物から発せられたとは思えない程、それは違っていた。
その声音も、アルフレッドにとっては、良く知る声であった。

「・・・!・・・あ、あなたは・・・!!」

ケインはマスクをゆっくりと外し、アルフレッドにそのマスクをスッと差し出した。
ケインの目に光はなく、漆黒に塗りつぶされている。
アルフレッドは差し出されたマスクを見やり、だが、受け取ることはできないでいた・・・。


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